タナカさんの「ツール・ド・おきなわ 市民レース50km」
  (タナカさんのブログからの引用)

ハッセの「充実感」
  (mixiの日記からの引用)

ハジメの「ファミリーサイクリング」(PDF 715kb)
  (一応書き下ろし)

ハジメのジイジによる聞き書き「ツール・ド・おきなわ 参戦記」(PDF 146kb)
  (大阪府高齢者大学同窓会 旭 会報からの引用)

店長の「ツール・ド・おきなわ」





「ツール・ド・おきなわ 市民レース50km」
 by タナカさん

 レース当日の朝は、4時30分に起床。同部屋のチームメイトと共に会場までの約10kmを自走で移動。40代の部に参加するのは、O澤さん、K本さん、N富さん、H川さん、そして僕。O澤さんとK本さんと僕はチームを組んで、最終的にエースであるO澤さんを出来るだけ前でゴールさせるのがミッション。とはいえ、今帰仁の坂を越えた時に、僕とK本さんが集団に残っていられるかは微妙だった。

 スタート地点に着き、他のチームメイトやそのご家族、友人達の激励を受けながら徐々に集中力を高めていく。どんなレベルだとしても、参加する選手それぞれのレースがある。僕にとっては、エースO澤さんをゴールまで連れて行くのが使命で、自分の着順は正直なところどうでも良かった。

 チャンピオンクラスのスタートから1時間ほど経った頃、ようやく最終組である40代の部の順番が来た。チームメイトとお互いの無事と健闘を祈り握手。やるべきことはやって来た。あとは結果を残すだけ。

 7時45分、ピストルの音でレース開始。前から50番手くらいからのスタートだったが、隙間を縫ってどんどん前に出る。見ると同じように他の選手をかいくぐりながら前へ上がるO澤さんが見えた。先頭はパックを形成しつつあって、ものの数秒で加速体制に入ろうとしていた。これに乗り遅れたらレースが終わる。そう思ってスプリントして、集団の最後尾に食らいついた。そのままの勢いでスルスルと前へ出て10-20番手くらいで位置取り。O澤さんを前方に確認。今日は絶対このポジションから離れないと決意した。

 集団はおそらく40kmを超える速度で市街地を駆け抜けた。集団走行中には結局、一度もGarminの画面を確認しなかった。速度に怖気づくのを恐れたのと、一度前方から目を離すと落車の危険があったからだ。前後左右は他のライダーで囲まれていて、もしも誰かが急ブレーキをかけたり、バランスを崩したりしたら、自分の体は宙を舞い、舗装路に転がるハメになるのは明らかだった。

 集団からは、他のチームの選手が何度かアタックを繰り返したが、集団はそれを容認せずすぐに加速して吸収した。前後左右に目まぐるしくポジションを入れ替えながら、視界の隅の方にO澤さんとK本さんを認識しながら順調に距離を重ねていった。

 少し幅が狭くなるS字コーナーを抜けて加速を開始した時、後方でガシャーン!とすごい音がした。「落車ーっ!」と叫ぶ声を残して、先頭集団は更に加速を続けた。不思議と怖くはなかった。ただ心配だったのは、そのとき自分よりも前方にチームメイトが居なかったので、巻き込まれてはしないかということだけだった。

 その心配も、右から集団の前に出ようとするO澤さんとK本さんを確認して解消した。そして、しばらくして今度は何でもない場所だったが、後方で落車が発生した。しかし、それでも集団は勢いを削がれることもなく走り続けた。

 集団は、一匹の生きもののように形を変えながら突き進んだ。ちょっとした丘を越えた下りを使ってアタックを試みたが、所詮は素人のやることですぐに吸収される。しかし意外と心肺は余裕があり、この先の今帰仁の坂をクリア出来れば、ひょっとすると最後まで行けるかもしれない。そう思った。

 自分の前には20名程度のライダー。その中にO澤さんの姿があった。しかし2回目の落車の後、K本さんの姿が見えない。無事だと良いが、今は前だけ見て進むしかない。

 そうこうするうちに、あっという間に今帰仁の坂に突入した。右の方から勢い良くO澤さんが飛び出していく。僕も続こうともがくが、一段目は何とかクリアしたものの、勾配がキツくなる2段目で勢いを失って次々と後続にパスされる。O澤さんの姿が段々と遠く小さくなっていく。

 がむしゃらにペダルを踏みながら、僕のレースは終わった。何も出来なかったと悔やんでいた。坂のピークを越えて前方を見ると、O澤さんの背中が遠くに見えた。しかし、そのときは、すぐに追い掛けるほどの余裕がなく、登坂で息切れした呼吸を整えてからようやく追撃を開始した。

 海岸線に出る頃に、ようやくO澤さんを射程圏内に捉えた。この時は、まだアシストとしてチャンスがある。と内心ホッとしていたが、近づくにつれて様子がおかしいことに気が付いた。どうやらO澤さんは脚にきているみたいだった。明らかにスピードが落ちていた。

「O澤さん! 乗れますか?」

 そう叫びながら、ゆっくりと加速しながら近付いた。O澤さんは脚を攣っているとのことだった。ならば、自分がゴールまでO澤さんを連れて行く。幸いにも脚はまだまだ残っている。

 ハンドルバーのトップに肘を乗せて、TTポジションで重いギアを踏みまくった。途中、O澤さんから速過ぎて千切れる!とクレームが付くくらいに。速度を加減しつつ持続出来る目一杯のギアを踏み続けた。

 内陸部へ入る手前で、別チームのライダー1名と合流して、3名体制でローテーションを試みるが、やはりO澤さんの脚はギリギリの状態らしく、先頭に出ると速度が落ちる。そこで、先頭を牽き終わって下りるときに別チームのライダーに、チームメイトの分も僕が牽くので、もう1人は付き位置で走らせて欲しいと頼んだ。彼はOKしてくれたので、すかさず後ろに入り、僕2、彼1の割合でローテーションを続けた。

 カーブを右に曲がり、いよいよラストの坂に入った。前に出て牽こうとするO澤さんを制しながら、全力でパックを牽いた。

「タナカ!俺をゴールに連れて行ってくれ!」

 O澤さんが叫ぶ声が聞こえて、スイッチが入った。

「おっしゃー!」

 緩い坂道を自分でも信じられないくらいのパワーで牽いた。前の方に30代の部に参戦しているはずのもう1人のk本さんが見えた。ぐんぐんと、その背中が迫ってくる。そしてピーク手前で射程に捉えたとき、沿道に回転木馬のメンバーが応援してくれているのが見えた。

 遅れているk本さんに気合いを入れるつもりで、k本ー!と大声で叫んだ。ビックリした様子で一瞬加速して逃げ出したところを平坦でキャッチして追い抜いた。

 後で聞いた話によると、このときすぐ後ろに第二集団が迫っていて、応援してくれていたメンバーは、僕達が第二集団から飛び出したのだと思ったらしい。

 知らぬが仏。僕達は前だけを見て突き進んだ。もうこの時には自分だけが先頭を牽いている状態だったが不思議と疲れはなかった。ただO澤さんを先にゴールさせることだけが自分のモチベーションだった。

 残り1kmを切る頃にO澤さんに叫んだ。残り200mでスプリントするので飛んで行ってください!しかし、O澤さんからは、ムリや!タナカが行け!と。ともかくそのまま加速し続けて残り300m。まだ話し合いが付かない。行ってください!お前が行け!の繰り返し。もう1人のライダーにも先に行ってください!いや、もう脚が残ってない!ここまで来ておきながら、そりゃないよ。

 仕方なく残り200mからのっそりスプリント開始。後ろが千切れない速度で、残り50m、30m、20m。まだO澤さんが前に出てくれない。仕方なく大きくラインをズラして急制動!ゴールラインの5m手前で完全停止。するとO澤さんまで完全停止。その間にもう1人のライダーはゴールした。

 O澤さん先に!いやタナカが!

 何故か最後は譲り合いの口論しながら惰性で2人並んでゴールした。ほどなくチームメイト全員が無事にゴール。

 リザルトを確認すると、なんと自分の方がO澤さんより0.313秒先着していた。何のためのアシストだったのか。笑い話のような結末だったが、自分にとっては良いレースだった。

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「充実感」
 by ハッセ

今年もツールド沖縄が終わった。
去年の「何も出来なくて〜沖縄〜」ではない、今はとても充実感を味わっている。

結果的にはお立ち台に上がる事は出来なくて、応援してくれた人や練習にお付き合いしてくれた方々には申し訳ないけど、自分の中では去年とは違う「充実感」があるので今までやってきたことは無駄ではない(と思いたい)し、去年の忘れ物はとり戻せたような気がする。

23日:今年は祝日でもあるので、木馬のみんなと出発。雨の中、名護に向かって車に乗り、前夜祭へ・・・。いつもと2週間も遅いので、思っていた以上に寒く、持ち合わせた衣装に不安がわいた。

2週間ほど前から風邪をひいてしまって、おまけに練習中に落車をしてあばらがしくしく痛い・・・。
骨折を疑うも、いまさら骨折してることが分かっても仕方ないので気にしちゃいられない。

おまけに、仕事の罠にはまって昼ごはんも食べられないほど忙しく、大丈夫かな〜と不安になっても仕方がないので、面白おかしく前夜祭終了。

24日:100q以上のレースコースである、普久川ダムを含む3ダム巡りのために、車で移動。

ゴールド免許コンビの相方であるダム部長と2人、何とか安波ダムへ向かう。

100q以上のレースに参加すると思われる人々が試走をしている間をかいくぐって、自転車でダムをめぐる。

試走している人たちは、ダムには目もくれず、コースを確かめているようだった。

そんな中、ダムは前日の雨のため、放流しておりカッコイイ。
めったに訪れることのないダムが放流しているとは中々運がいいではないか。とご機嫌になり、ダム巡り終了。

終了間際、雨がぽつぽつしてきて、風も強く、木馬のみんなが参加している「センチュリーライド」の道中を心配しつつ、普久川ダムの登りが、片側通行の多い道だったので、明日のレースに参加するNasuの人たちの無事を祈りつつ岐路に。

結局「センチュリーライド」に参加した木馬の人たちは、4人しか完走できないという大変厳しいサイクリングだったらしく、非常に疲れている模様だ。お疲れ様とねぎらいながら、明日のレースの出走リストを確認する。

国際レディース100qのメンバーを見つつ「ですよねー」と、いつもレースで一緒に走っている人たちの名前を見ながら、「やっぱり100qに出れば良かった」と思った。

これまで、いろいろ経験させてもらったり、アドバイスを受けたりしている中で、平坦よりもある程度の「登り」がある方が自分には向いている気がしていた。
逆に、ロードレースのだいご味を味わえる一方、50qレースは、駆け引きや、いろいろ考えながら走らないといけないので、難しい気がしていた。

しかし、去年の忘れものを取りに行くと自分で決めて出走するので、後戻りはできない。
気持ちを持ち直し、50qの出走リストをみて、去年は台湾の娘さんが大逃げしたので、台湾の娘さん達と、実業団レース(美浜)で負けた娘さん、あと、USAの娘さんをチェックし、ダム部長が「ゼッケンは去年のレースの早いもん順だよ、はっせ」と言うアドバイスをうけ、自分よりゼッケンNoの若い娘さんをチェックすることにした。

25日:朝、4時起床。昨日のような暴風にならない事を祈りつつ、朝食を取る。

昨日、センチュリーライドを走っている、木馬メイツを起こさないよう暗がりで・・・

荷物を預けたりしないといけないので、早めにホテルを出て、スタート地点へ。

LinさんやBeerさんを発見して、ジャージを「地味やなー」とほめてもらいつつ、お互いの健闘を祈る。

ダム部長とあれやこれやと話つつ、スタートを待っていると、マリーさんが声をかけてくれた。
ちょっと安心して、力をもらう。

スタート地点に並んでいる娘さんたちのゼッケンNoを確認しつつ、いざ、スタート。

スタートした瞬間は、緊張のため、手足がぶるぶる震える。
「大丈夫」と自分に言い聞かせ、さっと前に出た2人の後に着く。

しばらく走っていると、なんだか悪い予感がしたので、ちょっと集団から離れて見ると、後ろで「ガチャン」と落車の音がした。
怖い・・・

左に曲がるころには少し落ち着いて、この前、まとめた6つの事を思い出しながら走る事が出来ていた。

金髪の娘さんが、前をひく。
10番手位で追走しようと思うが、どんどん間があいて行く気がしたので、2番手まで位置をあげて追走する。
後ろを振り返ると、集団のままなので、無理はしない。
一瞬、このまま、この金髪の娘さんとランデブーになれば、逃げ切れるような気がしたが、英語で「このまま、ランデブーしましょう」と言う言葉が思い浮かばず、そのまま2番手で。

リゾネックス名護を過ぎたあたりから、直線の平坦になるので、出来るだけ足を温存するために、後方へ下がる。

それでも金髪の娘さんがガンガン行くので、前に出て先頭交代したり他の娘さんが、ローテーションするように動いてみる。

道が細くなるセメント工場のあたりから、集団の右側で様子をうかがっていると、前を走っている選手が、明らかに登りで遅れる気配だったので、パスしつつ、集団中ほどで走っている間も、金髪の娘さんが頑張っているようだ。

出走リストでチェックした、台湾の娘さん2人も確認し、もちろん、美浜で負けた娘さんたちも視界に納めて、このころはだいぶ落ち着いていた。

しかし、美浜の娘さんたちはいい位置で走っている。おまけに、金髪の娘さんは、ついこの前までの私みたいにいいペースで引いてくれる。
などと感心していると、本部のスプリントポイントから、川を渡るやや登っている橋に突入した。

ここは落車の危険が危ないので集団前方まで位置をあげて走る。
ここでも落車があったような音がした。
怖い・・・。

そこからは、アタックポイントである水族館の登りに備えて、集団中盤で様子をうかがう。

右に曲がるところで、1人、まっすぐ行こうとする娘さんがいたので「曲がれー」と声をかけて登りに突入。

去年はここで台湾の娘さん2人がさーっと行ったので、前を走っている金髪の娘さんと、右からの集団に気を配りつつほどほどにこなす。

2回目の登りに入ったところで少しペースを上げると先頭に出たので、後ろをうかがうと、やっぱり金髪の娘さんが先頭の集団がゴーっと追いかけてきたので、さっと集団に戻る事にした。

しかし、金髪の娘さんは強い。

そのまま、集団の中盤へ戻ればいいものの、2番目に入る。

せっかく、「地味だねー」ってほめてもらったジャージを着ているにも関わらず、ここまででだいぶ目立ってしまった。

まだ、集団は20人ほどいるようだ。

ゴールスプリントに自信のない私は、出来るだけ少数でゴール手前の曲がりに突入することが今日の課題。

理想は3人で突入し、どう転んでもお立ち台に登れるように自分でお膳立てをしなければならない。

このまま、金髪の娘さんに着いて行くと第2集団に追い付かれて人数が増えてしまうため、ペースが落ちれば前にでて、T字路になっているところで、少しペースを上げながら人数を絞り込む事にした。

しかし、金髪の娘さん以外は、金髪の娘さんに着いて行く事に決めているのか、前に出てこない・・・

集団の2番手で、今帰仁のスプリントポイントに突入したので、アタックをしかけて見る。

決まった。

本当は3人位着いてくるかと思っていたけど、誰も着いてこない。

下りながら、あの、金髪の娘さんが着いてきてくれれば、2人で回してペースを上げて巡航するのにと思いつつ、このまま逃げても、多分、娘さんがいるので、牽制が入らない集団に、右折する国道までに追いつかれてしまう恐れがあったので、集団に戻る事を選択する。

牽制が入らなければ、差は広がらないし、金髪の娘さんの後方で待機している娘さんたちの足は温存されたままなので、右に曲がってからゴールまでのアップダウンでやられれる恐れがあると思った。

集団の3番手に戻り、水分補給し集団の人数を確認するとまだまだ10人以上はいる様子だ。

絞らなければ・・・

右に曲がり、国道に入ったところで、マリーさんの声援が聞こえた。
先導車が、先を行くオーバー50を避けたりしているのか行く先が細くなったので、再びアタック。

このアタックは逃げるつもりではなかったので、直ぐに吸収される。

その時点で、最後のスプリントにかけていると思われる娘さんたちの顔色が先ほどの、「付いて行く」様子から、「逃がさない」というものに変わっている気がした。

どぅするか?

このまま、足を温存して、ゴールスプリントにかけて見てもいい気がしたけど、全く持って、美浜で負けた娘さんに勝てる気がしなかったし、後で、「あの時、かけていれば・・・・」と後悔したくなかったので、最後の坂で全身全霊のアタックをしかけて見ることにした。

その時、木馬の店長夫人FUNさんの声援が聞こえた。

去年は、緊張してテンパッて、もうどうすりゃいいのかトホホノホーって感じで走っていたので、FUNさんの声援も耳に届かず、ややがっかりさせてしまっていたので、FUNさんを確認できて、もうここしかない!!と強く思った。

坂を登り切り、下りも全開で踏む。

行けるか、どうかは運次第。
昨日のダムライドで、放流を見られたので、ついてるね・乗ってるね、はっせと自分自身を鼓舞し、踏み倒して後方を確認したら、差が着いていた。

よし。と思ってメーターを見ると後、2q残っている。

2qかと再度後方を確認したら、差が縮まっていた。

集団がごぉーっと近づいている。
怖い・・・
どうするか?

多分10人くらいには絞れているはずなので、最後の300mにかけるか?
戻って、ポッケに忍ばせたエネルギーを補給して直線で猛烈にこいで行けるのか?自分?

と考えているうちに、吸収される。

もう、こうなれば、300mにかけるしかない。

しかし、思った以上にちょこちょこしたアタックが、足に来ているようで、皆のスプリントに着いていけない。

エネルギーの補給をしている場合でもない。

後は、惰性でゴール。

後で、聞いた話では、最後のアタックをかけたところで、集団内では「このままでは、逃げられてしまうよ」と噂されていたらしい。

噂が流れなければ勝てたのか?

ゴール後、木馬メイツと合流したら、頑張って応援ポイントに行く間に、「はっせが逃げた!!」とアナウンスがあったので、全力で行ったのに間に合わなかったよーと言われ、そのままゴール出来ずにぬか喜びさせてごめん・・・って思った。

だけど、アナウンスで自分の勇姿を伝えてもらって、少しみんなをワクワクさせられて良かったって思った。

逃げ切れなくてしょんぼりしている私に、みんなが「勇姿見られなくてごめんよー」って言ってくれて、「こちらこそ、お立ち台で勇姿を見せられなくてごめんねー」って思いつつ、皆のお褒めの言葉に励まされてどん底まで気持ちが沈まずにいられて大変助かった。

皆さん、どうもありがとう。

ゴール後、緊張しつつ、金髪の娘さんを探して、あいさつしたら、日本語ぺらぺらだった・・・

あー、躊躇せずに「一緒に逃げましょう!!」って日本語で話しかければよかった・・・。と新婚さんいらっしゃいの三枝バリにこけたのは言うまでもない。

いろいろ反省する部分は多くあって、みんなをワクワクさせたり、がっかりさせたり、残念な気持ちもあるけれど、自分なりに考えた動きが出来たので、悔いはない。

スプリント力と逃げ切れない足の弱点が分かって良かったし、勝てなかったので、「何いうてんねん・・・」と思われるかもしれないけど、集団のさばき方みたいなものが出来たような気がする。(さばききれなかったけど・・・)

台に登って、次のステップに行けるとスッとするけど、台に登ってしまうと、そこで終わってしまう気もするので、負け惜しみではないけれど、台に登れないまま次のステップが見つかって良かったなって思う。

「なんだか、何を言っても負け惜しみだよなー」と思いつつ、間違いなく言えるのは、自分の中では、今年一番のロードレースだったこと。

沖縄タイムスの優勝者インタビューでは、優勝した人の作戦は「残り150mでスプリントをかけ、その作戦通りに勝てたので嬉しいです」とのこと。

私が、もっと強ければ、その人の作戦をなかったことに出来ると思うと、なんだか面白いなーって思うし、もっともっと強くなって、ロードレースを楽しみたいって思う。

お立ち台に登れなくて、最高のシーズン終了とはならなかったけど、来季へ向けて課題が見つかり、もっと頑張れる気がしたので、良かったことにする。

皆さん、応援ありがとうございました。
来季も頑張りますので、声援よろしくお願いします。

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「ツール・ド・おきなわ」
 by 店長

 今年も走った、ツール・ド・おきなわ。回転木馬のイベントに組み込むのは今年で一旦最後。また何年かしたら再開するだろうけど、ひとまず最後と言うことで総勢23名の大所帯の一大ツアー。ホントはもうお一人いらっしゃったのだけど、野田総理が解散!なんてこと言うモンだから急遽行けなくなった。仕事は大事。

 ウチのメインは「やんばるセンチュリーライド」という沖縄本島北部を一周するロングライド。これがなかなかタフなコースで、毎年ウチからの参加者はギリギリで完走はしている。それが今年は結果から言うと完走率は実に半分!敵は風。午前中の平坦な海岸線80数qがもの凄い向かい風!ほぼずっと強風で、時々ドワッ!と来る。お陰でペースが上がらない。

 大会実行委員長さんが朝の挨拶で仰っていた。この時期の沖縄は南風から北風に変わる頃らしく、かなり強い風が吹き荒れることも珍しくなく、また風が巻くことも多々あるらしい。まさにそれやん!初参加の女性陣をフォローしながら走ったのだけど、余りの風に平坦なのに10q/hを割ることもしばしば。

 お昼直前には軽く一山越えなければならないのだけど、その始まりがドコだったかすっかり忘れていて、「テンチョー、あのトンネルを抜けた先に坂道が見えるんですけど、もしかしてアレ・・・?」と聞かれるも、「いや、ちゃうでしょ」とテキトーな事を言ってしまう。F田さん、スンマセンでした。

 そう、トンネルを抜けると登りの始まりだった。タダでさえこの向かい風。それにプラス登りだ。誰にどうモンクをつけようがペダルを漕ぐしかない。笑うしか無い状況。ゆっくり、だけど確実に進んで行くも、時間はそれより早く進んでいく。オフィシャルのサポートカーが近づいてきて「回収車が来ますんで乗って下さい」。まさかまさかの午前中回収!?しかし、この状況では致し方なし。

 女性陣には悪いけど、ボクは回収されると困るのでそこから猛ダッシュ(自分比)。どうにか回収されることなく13時前、お昼休憩の「奥やんばるの里」に到着するも、ウチの先頭グループはとっくにリスタートしたみたいで姿が見えない。まぁ、そりゃーそうだ。しかし、それほど速くないハズ(失礼!)のヨッシーも居ない。奥様のうっちーによると、完走するために「なるべく休まない作戦」なのだそうだ。なるほど!確かにウチは休憩所で長居をしてしまう傾向がある。まだ周りに人が居るからと安心してしまうのだが、よく見るとウチの連中ばっかりだったりする。ちゃんと傾向と対策を練っているのだ。コレ大事。

 ウチからこのツーリングへの参加は全員で19名(内3名は翌日まで続く「本島一周」に参加)。そのうち、山ちゃん、N富さん、T中さん、木Mさん、H川さん、そしてヨッシーの計6名が先行していることになる。

 そうこうしているとダッシュしたときに抜いていった後続の人たちが到着。どうやら回収だけは免れた様子だけど、Eちゃん曰く「やったー回収や!と思っていたら回収車に素通りされてガッカリ」。ウム。そうかも知れない。

さて、お昼ご飯は豚汁とカレーライス。温かい豚汁が美味しい!さぁお次はカレーなんだけど、なんと到着が遅すぎたのか売り切れ!ドッヒャ〜!ここでしっかり喰っておかないと後半がキツイがな〜と思ったところで無いものは無い。と思っていたら量は少ないもののなんとかありつけた。何がどうなって出来たのかワカランがまぁ、食べられたので良し。

 13時20分、疲れが見え始めている女性陣を引き連れ、これまたフォローに回ってくれているK本っちゃんと共にリスタート。後半はまだ90kmちょっと残っている。しかもほぼずっと山岳コース。ややペースを上げないことにはホントに回収されそう。ココからは午前中と向きがほぼ逆になるのでもの凄い追い風になるはず。と期待するが当然そんなに上手くいくはずはない。でも向かい風では無くなっただけまし。

 なんとか10kmほど走り、休憩ポイントの「楚洲共同売」に到着。この間はそれほど大きな登りは無かったけれど、みんな相当へばっている様子。次の休憩ポイント「安波共同売店」まで約15km。そこまで行けばFUN(ウチの奥さんです)がレンタカーでサポートに来てくれているハズだからそこまでガンバロー!と励ましになるのかならないのかわからないことを言って煙に巻きつつリスタート。

 この区間はややキツめの登りも有る。14時半過ぎ「安波共同売店」到着。後続組はまだ全員は着いていない。FUNもまだ。最後の足切り地点である「わんさか大浦パーク」までまだあと50kmチョイもある。足切り時刻は一応17時。つまりあと2時間ほどしかない。「間に合います?」とやや不安げなTちゃんに「イケル、イケル!」と返すも「出た!またテキトーや」と睨まれる。確かにこのペースじゃ無理やな。かなりキツそうな数人を残してリスタート。20km先の休憩ポイント「高江共同売店」を目指す。

 ややペースを上げたので、後続がちぎれてしまうがこれ以上は落とせない。K本っちゃん、のんちゃん、うっちーらと共に4人パックで走ることになる。下りでは先行するも登りで吸収される。途中、やや先行していたTBさん、Y井さんを抜く。15時40分過ぎ「高江共同売店」に到着。FUNに連絡。阿波でY子ちゃん、F野さん、Eちゃんを回収したらしい。H元さんはなんとか到着したとのこと。Tちゃん、A衣ちゃんもまだ頑張って走っているとのことだった。

 さぁ、足切りまで残り1時間で30km。トイレに行くか迷ったけど結局行かずに先程の4人パックでリスタート。とほぼ同時にY井さん、やや遅れてTBさん到着。

 K本っちゃんが「ここから先は確か基本的に下りなハズ」。そうか!K本っちゃんが言うのだから間違いない。ボクはてんで覚えていない。しかし!そんなに甘くなかった。きっちりアップダウンは続く。だんだんと小便がしたくなった。しかしお陰でペースが上がり、K本っちゃんらよりやや先行する。途中、とうとうヨッシーを捕らえる。暫く真横に付いて併走するも全く気がつかない様子なので「エライ速いやん」と声を掛けるとかなりキツそうな顔で驚かれた。スマン、しょーもないことで心拍を上げさせてしまった。

 160kmを過ぎて海岸線を走っていると綺麗な日の入り。あぁ、キレイなだなぁ〜なんて言ってるヒマはない。もう足切り時刻の17時は過ぎている。結局17時20分頃に漸く「わんさか大浦パーク」に到着。ソッコーでトイレに駆け込む。フゥゥゥ〜。さて、まだ足切りになって居なさそうだからこのまま走れば完走は出来るな、と一安心。トイレから戻るとK本っちゃんがのんちゃん、うっちーを連れて到着。急いでリスタートしたかったところだけど、皆のトイレ休憩を待って、チト補給もしてたら「タイムアウトで〜す!回収車に乗って下さ〜い!」と言われる。ヒョエェェェ〜、ココまで来て回収かよ〜。

 ど〜しても走りたいヤツはゼッケンを外して自己責任で、ってことで、なんとか4人でリスタート。ヨッシーはどうなるのだろうか?奥様のうっちーは「そう言えば居ましたねぇ〜、ホホホ」。ウーム素晴らしい(?)。

 ココからゴールの名護までにはもう一山越えなければならないのだけど、ボクはこの区間が結構気に入っている。モチロン最終区間だからと言うのも有るけど、山から山へ沢山の橋で繋がれていて、最後も大きな橋をダダーと下ると急に街中に出る。山の上からの名護の夜景(何故かいつも夜景)もかなりキレイ。

 名護をスタートしてから11時間半後の18時半、漸く帰って来られた。足切り時刻には間に合わなかったけれど、一応完走。FUNからの連絡によると後続組は全て回収されたらしい。結局、先行の5人とボク達4人の計9名が完走、10名が回収されたことになる。完走率が半分とは・・・。残念だけど、午前中のあの強風では致し方なしかな。

 さぁ、さっさとホテルに戻って風呂入って飯だ!まだホテルまで10km走らなきゃならないんだけどね。

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