2004/11/13〜14 ツール・ド・おきなわ

 2004年11月12日(金)、ボク達は伊丹から機上の人となり、沖縄に向かった。メンバーはK本っちゃん、K主君、M君、F野さん、N原君、FUN、カワムラの7名。それにDr.T島夫妻が一便早い飛行機で向かっている。つまり、回転木馬からの参加は9名。
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 那覇空港に着いたのは3時前。すぐに路線バスに乗り名護に向かう。このバスは所謂普通の路線高速バスで、今回のこのツール・ド・おきなわ専用ではない。けれど、ほとんどの乗客が参加者のようで、輪行袋を抱えて乗ってくる。ボク達は先に箱に詰めてにホテルに送ってあるので、普通の旅行者並の荷物。輪行袋の数は3つや4つではないので、一般の乗客は補助席に座られたりと、小さくなっておられた。一般の方にはいい迷惑だ。高速バスのバス停はインターを降りてすぐの所に有るので、バスはインターごとに一度出て、バス停を通ってまた高速に乗る。東名高速などになれていると不思議な感覚。

 バスに揺られること2時間弱。名護市内に入ると「ツール・ド・おきなわ」開催の為の通行止めの案内板が随所に有る。凄い。完全に交通を遮断して行われるのだ。大阪では国際クラスのロードレース大会ですら、埋め立て地の狭い所に押しやられてしまっているというのに!

 5時過ぎ、名護バスターミナルに到着。そこでは先に沖縄入りしていたDr.T島夫妻が迎えてくれる。ホテルはそこからさらにタクシーで行かなければならない。一度ホテルに入って、自転車を組んでから、自転車でくり出す予定にしていたのだけど、7時からは本島一周ツーリングの説明会がある。その前に受け付けも済ませなければならない。会場はこのバスターミナルから歩いて5分くらいの名護市民会館。予定を変更して早めの夕食をとることにした。とりあえず市民会館を目指し、途中目に付いた店に入る。まずはオリオンビールで乾杯。それからチャンプルづくし、その他いろいろ・・・。
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 その後、いい気分で説明会を聞き、またまたバスターミナルまで戻ってタクシーでホテルに向かう。ホテルは「リゾネックス名護」。所謂リゾートホテル。チェックインを済ませ、自転車が届いているかどうか確認。しかし、ホテル側がつけている入庫帳に載っていない!しかし、実際に保管されてある地下駐車場に見に行ったら、大丈夫、ちゃんと届いていた。あぁ、良かった。ちょっとだけ冷や汗が出た。荷物を部屋に置いたらすぐに地下駐車場に降りて、自転車を組み、明日のために早く寝る。
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 翌朝は4時半の起床。朝食はホテルに頼んでおいた、サンドイッチ。実は事前にホテルを申し込んだときに、到着日の夕食はキャンセル、翌朝の朝食だけ頼んでおいたのだけど、これはちょっと失敗。到着日は思っていた以上に時間的な余裕がないので夕食を頼んでおき、逆に翌朝は何かしら自分たちで買っておいて、部屋で食べるようにすれば良かった。

 まだまだ真っ暗な5時過ぎにはホテルを出発。途中一泊するので、それなりに荷物はいる。それらを背負って会場の市民会館へ。すぐに荷物を預けて集合場所に行く。いろんな自転車が有る。多くはロードだが、勿論MTBも結構いるし、ランドナーだっている。スタートする頃には少し明るくなってきた。
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 7時。一斉にスタート。本島一周ツーリングの参加者は200名弱。それに加えて、一日目だけの参加者もいるので、もの凄い数。適当に列を切るように言われているが、大会の方では基本的に切らない。だから列がもの凄いことになる。
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 20kmちょっと走ると最初の小休止地点、沖縄海洋博記念公園に到着。まだまだ、大集団のまま。そこから更に10kmほど走った仲原馬場でまた小休止。途中、わかりづらいところには必ずスタッフが立ってくれているので安心。まぁ、しかしこの頃はまだまだ集団が大きく、ひたすら前に付いて走る、と言う感じ。勿論、皆まだまだ元気。燃費の悪いボクは既に少し腹が減り始めていたので、カロリーメイトを食べる。
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 スタートから約65kmの大宜見村「道の駅」では、小休止では無く、休憩。ここでは補給食や飲み物が用意されている。バナナやサーターアンダギー、水やシークァーサージュース等々。サーターアンダギーが美味しくて美味しくて、パクパク食べてしまう。先頭が出発してもまだ食べている。そんなボクを見て、N原君はK主君に「駄目だ、あの人は!」と言って出発してしまった。ボクを含めた回転木馬ゆっくり組も重い腰を上げ、真ん中よりやや後ろくらいの位置で出発。
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 道の駅から20kmちょっと、スタートから約88kmの宜名真漁港前でまた小休止。ここらまではほとんど海岸沿いのフラットなコースで気持ちいい。しかし、まだ、今日の行程の半分も来ていないのだ、88kmも走ったのに。
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 11時頃にまた走り出す。10kmほどでお昼ご飯だ。30分も有ったら着くだろうと思ったのが大間違い。ここを過ぎたあたりからアップダウンが始まる。結構キツイ。結局、昼食場所の奥やんばるの里まで1時間近く掛かってしまった。FUNはかなりへばっている。まぁ、こんなキツイところはそうそう続かないだろう、と何の根拠も無いのに言い聞かせ、お昼ご飯を頂く。お昼ご飯はパックに詰めたご飯と豚(猪?)汁。コレが美味い!ご飯もおかわりできたし、豚(猪?)汁だって勿論おかわり!
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 お腹は満足。しかし、ここでもまだ、今日の行程の半分弱・・・。しかも、このイベントの常連さん達の会話に聞き耳を立てていると、「さて、ここからが本番だ!」などと恐ろしい事を言っている。マジかよ!ここから70数km先の休憩ポイント、いちゃりば食彩に5時半までに到着しなければ回収されてしまう。完走出来るのか・・・?不安が脳裏をよぎる。しかし、今からそんな心配をしても仕方ないので、気を取り直し出発。とりあえずは10kmほど先の小休止ポイントを目指してペダルを踏む。
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 確かにここからが本番らしい。アップダウンが続く。ひたすらメーターを睨み、1km、また1kmと少しずつだけど、確実に距離を重ねていることを確認しつつ、ボチボチ、小休止地点の筈だが・・・。しかし、予定に入っていた楚州共同売店での小休止は知らぬ間にキャンセルされており、更に10kmほど先の休憩ポイント安波共同売店まで一気に行くことに。このアップダウンの連続で次の休みまで10kmも延びるのは辛いが、レジメに記されている距離と自分のメーターの距離とは必ずしも一致しておらず、レジメに記されている距離はあくまで目安と考え、その距離を過ぎてもキャンセルされているとはつゆ知らず、もうちょっとだろう、もうちょっとだろうを繰り返しているうちに安波共同売店まで辿り着いた。そこでやっとその手前に予定されていた楚州共同売店での小休止がキャンセルされていたことを確認。なんだか得したような、損したような・・・。しかし、確実に今日の行程の半分は超えた。
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 次は15kmほど先、約133km地点にある高江共同売店が小休止ポイントになっている。安波共同売店を出発する際に、スタッフの方に聞いてみた。「まだずっとこんな感じですか?」と。すると「そうです」ときっぱり。ハァ。

 先ほどと同じく、1km、また1kmとメーターを確認しながら、確実に距離を重ねる。下りは極力スピードをつけ、次の登りにその惰性を利用する。エネルギー保存の法則。そうしてどうにか高江共同売店に到着。またまた皆に待っていて貰う。FUNは寒いと言っている。多分ハンガーノック気味なのだ。どうにか休憩時間を削って、早く出発しなければ時間が稼げない。けど、やっぱり休憩もしたい・・・。
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 次の小休止の予定になっていた15kmほど先の平良グランドはキャンセルされ、次はもう足切りポイントのいちゃりば食彩まで一気に行くことに。この間がちょっくら長い約40km。足切り時間まで2時間半ほど。ウーン、このペースだとギリギリだ。もう途中で回収される気でいるFUNをせかし出発。他のみんなは先に出発している。全体でも大分後ろの方だ。途中、回収用と思われる「フジレンタカー」と書かれたマイクロバスとデッドヒート(?)を繰り返し、何度もピークを越える。あれだけいた参加者も気が付けば、まばらにしかいなくなっている。ウーン、ヤバイ。本当に回収されるかも・・・。

 いつも思うのだけど、自転車でハァハァ言いながら峠を登っていると色々なことを考える。格好良く言えば実に内省的になれる。今回も何故こんな所を走っているのだろう?とか考えながら走っていた。

 そもそもの発端は、店に「ツール・ド・おきなわ」の案内が来て、それを見たFUNが「行きたい!」と半分以上冗談で言いだしたのがきっかけ。「でもさすがに330kmは無理かなぁ」と言うので、ボクは「走るのならサポートしてやる」と言った。そしたら常連さん達も「行くんやったら行くで」とこれまた、まだまだ冗談交じり。しかし、そんな話しが広まって、背中を押したのはDr.T島の奥様ナミさんだった。沖縄に合わせて休暇を取ったと言うのだ。そこからコロコロと転がりはじめ、子供が産まれたばかりのM君も加わり(本当に行くとは思わなかった・・・)、今ここで走っているのだ。

 登りは極力ゆっくり、FUNにペースを合わせ、ピークが近いかなと思うとちょっと先に行き、「ここがピークだから頑張れ!」と励まし(たまに間違ったけど)、下りは「なるべく距離を稼げ!」と檄を飛ばす。FUNは言い出しっぺが自分なのであまり文句も言えないようだ。

 途中、久しぶりに海が見えた。しかし、アップダウンはまだまだ続く。
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 さっきの休憩から20km。足切りポイントまでのやっと半分。ここまで1時間ちょっと。悪くない。しかし、このペースは最低限維持しなければ回収される。相変わらず「フジレンタカー」のプレッシャーを感じながら走る。途中、F野さんとも抜きつ抜かれつ。

 名護市に入った。名護市を出発して、反対側の海に近い名護市に戻ってきたのだ。へぇ、反対側も名護市なんやぁ、広いんやなぁと妙に感心する。 

 メーター読みで後2−3km。「フジレンタカー」はやや後方。このまま「フジレンタカー」を抑えきれば回収されないで済む。

 そして遂に到着。時間はまだ5時になったばかり。足切り時間までまだ30分もある!すぐにF野さんも到着。待ってくれていたN原君達も喜んでくれる。しかし、F野さん、この沖縄ツアーの何日か前にひいてしまった風邪が治りきっておらず、ここで自主リタイヤ、「フジレンタカー」へ。うーん、勿体ないけど体が大事。まぁ、ここまで時間内に走る事が出来たのだからもう完走同然。
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 回転木馬早い組が出発してから10分ほどしてからやっと我々も出発。残りは20km。それもほとんど平地らしい。確かに今までに比べるとほぼ平地だったけど、それなりに緩やかなアップダウンはある。目の前を夕日が沈んでいく。そしてだんだんと暗くなってくる。
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 さすがの沖縄といえども、5時を回ると暗くなり始める。途中、久しぶりに見かけたコンビニでFUNのテールライトの電池を買う。一応、点滅はしていたが、随分と光が弱くなっていた。もうすぐ真っ暗になるし、疲れているので用心に越したことは無い。

 街灯は有るとは言え、やはり暗くなると見えにくい。少し市街地に入ってきた。程なくスタッフの方が立っていて、「ここを右折です」と誘導してくれる。暗くてわからなかったが、よく見ると「農協教育研修所→」と案内の標識が出ていた。ゴールはこの宜野座村の農協教育研修所。曲がったらすぐかと思いきや、意外と距離があった。

 まず、右折すると急な下り。それから緩やかな登り。もうすっかり真っ暗で、ライトの光だけではおぼつかない。ちょっと走っても、それらしき建物も明かりも見えない。でも、スタッフも立っていなかったし、多分合っている筈。やや心配になりながらももう少し行くと、あった!やっとゴールだ!

 先に到着しているはずのみんなを捜す。居た居た。もう、晩ご飯のバーベキューを食べている。勿論、まだみんなジャージのまま。我々も晩ご飯を貰いに行く。ボランティアで来てくれているのだろう、中学生か高校生くらいの女の子達が、お皿に肉や野菜を盛りつけてくれる。ここに限らず、途中途中の休憩所ではこんなボランティアの人たちが随分と一生懸命にやって下さっていた。ここの彼女たちもきっと随分と早い時間からボク達参加者の為にいろいろ準備をしてくれたのだろう。本当に有り難い話しだ。

 晩ご飯はおにぎりがふたつと、たっぷりの肉と野菜。肉は牛、豚、鳥、と全て有る。F野さんはまだ調子が悪いようで、おにぎりは食べられないと言って、ボクにくれた。K本っちゃんも肉が多すぎて食べられない、と言って余らせているので、それも頂く。
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 いや〜、良く走った。ビールが美味い。晩飯も美味い!ちょっとゆっくりしてから、預けてあった荷物を受け取り、建物の中に入る。部屋は予め割り振られてある。ボク達男性陣の部屋は広い講義室のようなところで、さながら避難所のよう。11月とはいえ、まだまだ暖かいので、支給された毛布1枚とシュラフが有れば十分。
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 風呂に浸かりさっぱりしてから、ジャージを洗う。一応洗濯機と乾燥機は使えるが、さすがに一杯。なので、洗面所でジャブジャブ洗い、なるべく絞って部屋に干しておく。果たして乾くのだろうか?その頃にはK主君は既に寝ている。ボクは再び外に出た。外では三線の演奏が披露されていた。

 翌日。予定では7時スタートだったのが、30分繰り上げられ、6時半スタートとなったため、起床は5時前。勿論まだ暗い。ジャージは乾いていない。N原君が乾燥機に入れるというので、一緒に放り込んでもらう。朝食を済ませ、準備をする。N原君がジャージを持ってきてくれるが、結局完全には乾かなかった。水洗いしかしていないのと、半乾きのせいで臭い。まぁ、走っているうちに乾くだろう。
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 スタート前にスタッフの方に今日の足切りポイントと時間を尋ねるが、「今日は気にすること無いですよ」とのこと。しかし、昨日もギリギリだったので、気になるが、まぁいい。FUNに「休憩時間をなるべく詰めるぞ」と今日の作戦(?)を伝えてから出発。

 昨夜、真っ暗な中下ってきたところを、朝からいきなり登るのかと思うと気が重い。が、思っていたほどでは無かった。きっと暗かったのと疲れのため実際よりきつく感じていたのだろう。

 走り出して間もなく、日の出を見る。昨日も日の出から日の入り過ぎまで走り、今日もまた日の出前から走る。多分興味のない人からすると理解できないだろうなぁ。ペースはゆっくり。市街地で信号があったり、集団がばらけなかったりしてあんまり上がらないのだ。だけど、早い組のみんなとも一緒に走れるので楽しい。

 そんなルンルン気分で走っていると、ん?ありゃ、パンクだ。後輪がパンクしてしまった。やれやれ。タイヤを張り替える。Dr.T島が「プロのお手並み拝見や」とプレッシャー。それに加えてN原君の「早くしろよ!」オーラも感じる。FUNやF野さん達のゆっくり組は、ボクがタイヤ交換している間に先に行く。
写真27 写真28

 タイヤ交換を終え、先行している人たちに追いつく。今日最初の休憩ポイントは30km弱の地点にあるローソン。ボクはそれを20km弱と勘違いしており、ローソンの看板が見えるたびに、ここか?ここか?と期待するが、いずれも違う。それを何度か繰り返し、やっと本当の休憩ポイントのローソンに到着。10km勘違いした為か、それとも昨日の疲れのせいか、えらくしんどい。ローソンに入るとレジ待ちの列が凄い事になっている。ほとんど全員がこのツーリングの参加者。めげずに並び、ボトルに入れる水とガリガリ君を買う。久しぶりに食べたガリガリ君はとっても美味しかった。そして、このガリガリ君のお陰でさっきまで感じていたしんどさがかなり薄れた。恐るべし、ガリガリ君効果!
写真29

 次の休憩ポイント、JA大里支店までの15kmは難なくこなし、その後更に市街地へ入っていき、昼食場所のとまりん緑地広場に着いたのが11時頃だったか。既に今日の行程の半分以上に当たる70km強を消化した。昨日とは大違い。しかし、F野さんは風邪が祟ってかなりしんどそう。昼食に配られたお弁当にお箸もつけず、結局、一旦「フジレンタカー」の人になる。
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 食後の休憩も終わり、再スタートを切る。残りは約60km。ここまでの事を考えればもう楽勝である。大してアップダウンも無いらしいし。そして、昼からは休憩も多い。まず最初は読谷村共同売店センターまでの30km。この区間だけやや距離があるが、ほぼ平地。ここの休憩ではアイスクリームを食べる。食べるつもりは無かったのだけど、大勢の人たちが食べているのを見ていると欲しくなってしまった。

 このアイスクリーム、道路脇にビーチパラソルを拡げた屋台のようなところで売っている。昼前あたりからだろうか、かなりよく見かけるようになった。そして何故だかそのほとんどが中学生くらいの女の子がやっているのだ。大阪だと、おじいさんかおばあさんと相場は決まっている(?)ので驚いた。

 Dr.T島の妄想によると、とある地下組織が安い賃金で使える女の子をどこからか連れてきて云々。しかし、何の為にその地下組織はアイスクリームを売っているのだ?
写真35

 次は恩納村コミュニティーセンターまでの約15km。早い組のN原君、K主君コンビに付いて行くべく、FUNをせかし、彼らがスタートしてすぐに後を追ったが、最初の緩やかな登りで離されてしまった。逆にちょっと後から出発したであろう、K本っちゃんやM君、Dr.T島夫妻達に吸収されてしう。とはいえ、距離も短いのでそれほどに差は開かない。
写真36

 恩納村コミュニティーセンターでは良く冷やしたコーラを貰った。前の休憩でコーラを買って呑んでいたDr.T島は悔しがっていた。N原君は休憩が多いのがややつまらなさそう。「フジレンタカー」の人となったF野さんも少し元気が回復してきたようで、もう一区間休んで、最終区間は走るとのこと。じゃぁと言うことで、最終区間はみんなで一緒に走る事にする。
写真37 写真38

 更に10kmほど行った名護市民ビーチ。またまた名護に戻ってきた。今度は出発した側。ここがこのツーリングにとってはゴールのようなものだった。ここでもドリンク類が用意されていて、記念の集合写真撮影もやっている。ボク達はそれには加わらず、自分たちだけで写真を撮る。海では地元の子供達がまだ泳いでいる。青い海と白い砂浜、絵に描いたようなリゾート沖縄の風景。
写真39 写真40

 最後の最後。昨日出発した名護市民会館までの10kmはF野さんも復活し、9人で一緒に走る。まだ陽は高い。そりゃそうだ、まだ3時、おやつの時間。かなりのゆっくりペースで、時々話しなどしながら走る。「ビールが美味いだろうなぁ」、「オリオンビールが協賛してるんやから飲み放題とかならへんかなぁ」、「それはいい」、「そんな訳ないだろ!」等々。そんなことを話しながら走っているうちに、遂にゴール!獅子舞が迎えてくれる。昨日くぐって出ていったアーチを反対側からくぐる。やったー!走りきった!とちょっと感動。
写真41 写真42

 完走証を受け取りに市民会館の中庭のテントに向かう。中庭に設けられたステージ上では何やらセレモニーが始まっている。通路のテーブルの上には泡盛やビール、豚汁にトリ汁が用意されていて、何と!食べ放題、飲み放題!そう、そりゃー無いだろうと言っていた、オリオンビールが飲み放題なのだ!やるな、オリオンビール。他に子豚の丸焼きも振る舞われる。これが本当に美味い。中庭の芝生に車座になって食べる、呑む。ビールの空きコップを捨てに行くと、「どうぞ!」って差し出されるもんで、また呑んでしまう。そんなことを繰り返し、随分と呑んだ。食べた。
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 その会場では何と大学の自転車部の後輩、Y田君に会う。レースの方に出ていたらしい。彼は今、北海道で整形外科のお医者さんをしている。「また随分と遠くから・・・」なんていうと「大阪からと大して変わりませんよ」と言われてしまった。確かに。どうせ飛行機なのだから、大した違いはない。

 抽選会なども終わり、ぼちぼちホテルに引き上げることに。預けてあった荷物を受け取り、ゆっくりとホテルに向かう。まだまだ明るい。ホテルは勿論、初日と同じホテル。自転車梱包用の段ボールなども預かって貰っている。

 ホテルに戻り、チェックインを済ませ、部屋に荷物を置いたらすぐに地下駐車場に集合。何はともあれ、落ち着いてしまう前に自転車を梱包しなきゃならない。有り難いことにホテルの地下駐車場にはツール・ド・おきなわオフィシャルの運送会社が来てくれていて、その場で預かってくれる。しかも安い!大阪からここまで送るのに船便で1箱5千円弱だったのに、今度は大阪まで航空便で2千円ちょっと。これはかなり安い!しかもボク達が帰り着いた翌日には届いた。航空便だから早い!この値段にはビックリ。何とかして沖縄に送る分もそんな事が出来ないだろうか? 梱包し終わって風呂に入り、やっとちょっと落ち着く。来るときの飛行機で半分ほど読んだ本の続きを読もうと思ったのだが、本が見つからない。どうやら本まで一緒に梱包してしまったようだ。帰りの荷物を極力少なくしようと思って、いろいろ突っ込んだ中に本も入っていたのだ。

 ゴール後、あれだけ食べて呑んだにも関わらず、ホテルの夕食を食べる。ゴール後にあんな大盤振る舞いがあるとは想像もしていなかったので、予約する際に夕食を一緒に頼んであったのだ。で、翌朝は疲れ切って遅くまで寝ているだろうと思い、朝食は頼まずにいた。これも失敗。逆にするべきだった。翌朝も思っていた以上にみんなの起床が早く、朝食をこそ頼んでおけば良かった。

 何時間かは経っているけど、皆さすがにそれほどお腹は空いていない。でも折角なので、サラダや、麻婆豆腐などを少しずつ食べてコーヒーを飲みながらツーリングを振り返る。ナミさんは一緒に走っていた他の参加者から「回転木馬ってどこのチームですか?」と訊かれたらい。勿論「大阪の・・・」と答えたらしいのだが、旦那様のDr.T島は「あかんなぁ、ちゃんと、『ヨーロッパを拠点とするチームで、今回はこの大会のために帰って来たのです。いわば凱旋帰国です。』と言わな」と普通の顔で仰る。ウーン、奥の深い御仁だ。

 最終日。ホテルから空港まではジャンボタクシーで行く。昨夜のうちにジャンボタクシーを手配しておいたのだ。値段は交渉次第のようだが、今回は1万9千円で落ち着いた。9人いるので、結局、路線の高速バス+タクシーよりは少し安くつくし、空港までノンストップなのでバスよりはずっと早い。この方法を知っていれば空港から名護入りするときも使っていたのだが、残念ながらその時はそんな情報を持っていなかった。初日のホテルに向かうタクシーの車中で運転手さんに教えて貰ったのだ。5人くらいだと輪行袋(自転車)が有っても余裕で乗れるだろうから、何人か纏まって行くのなら、この飛行機輪行+ジャンボタクシーというのはいい方法だろう。やはり輪行袋を担いで普通の路線バスに乗るのはちょっと考えものだと思う。

 那覇空港に着いたらすぐにチェックインを済ませ、荷物を預ける。そして身軽になったところで観光にくり出す。飛行機は16時40分なので、4時頃までに空港に戻ればいい。まずはモノレールに乗って国際通りに。目に付いたそば屋に入り、沖縄名物ソーキそばで遅めの朝食。ホテルで朝食を頼んでいなかったので、結局ここまでまともに朝食を食べるタイミングを逃してしまっていた。その後、2時までは自由行動にして、ボクはFUNと再びモノレールに乗って首里城に向かった。Dr.T島夫妻も沖縄入りした日に駆け足で回ったそうである。ボク達も結構駆け足になった。
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 2時にまた集合して、ガイドブックで調べてあった沖縄料理店「ゆうなんぎい」で遅めの昼食。人気店らしく、暫く待たされるが、ご主人が非常に話し上手な方で、先に料理の解説などをして下さって、9人分どうにか席も確保してくれた。皆それほどお腹はすいていないと言いつつも、色々と頼む。勿論、ビールに泡盛も。ここで呑んだ泡盛が非常に美味しかったので、ご主人に尋ねると、家族だけでやっている小さな蒸留所で丁寧に作られたものだそうで、あまり量も作れないのでそれほど出回っていないらしい。何とか買って帰りたかったが無理だった。で、これだけ食べて呑んで一人2千円もせずビックリ!

 お腹は満たされ、空港に戻る。FUNはここで紅芋ソフトクリームを食べる。到着初日から食べたかったらしい。そして、いよいよ沖縄ともお別れ。なかなか実の有る4日間だった。楽しかったけど、来年も出たい!って程ではないな、と言うのがこの時点での皆の共通意見だった。なんせ、ちょっとなめていた。これほどにアップダウンが有るとは・・・。しかし、多分日が経つにつれ、しんどかった記憶は薄れ、楽しかった記憶だけが残り、「また行きたいなぁ」なんて言うようになっているんだろうな、と言う意見も半数以上。ボクもその意見に賛成。

 16時40分。定刻通り飛行機は那覇を飛び立つ。明日から再び始まる日常。無事に社会復帰できるのだろうか?そんなことを考えながら、やや肌寒い大阪に帰ってきた。
写真48


 〈今回のツアーに掛かった費用は小遣いを含まず一人約7万円〉

・大会参加費(本島一周サイクリング)  \16,620
 (振込手数料含む)
・航空券(伊丹−那覇)  \22,200
 (往復、超早割、チケットレスサービス割引)
・自転車運賃(大阪−名護のホテル)  \6,600
 (9台を大きさの違う箱で送った平均額)
・宿泊費(ホテルリゾネックス名護)  \18,250
 (大会公認旅行会社の斡旋、Aランクホテル2泊分。振込手数料含む)
・交通費  約\6,000
 (森小路−伊丹空港の往復、那覇−名護のバス、タクシーを含む)


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