仏蘭西紀行

2 いきなり連行

 自転車は厳重にパッキングしておいたおかげで全くの無傷。が、しかし、輪行袋の方はそうはいかなかった。積み込みや、積み替えの際いかに乱暴に扱われているかが伺える。

 自転車は無事組み上がった。荷物を搭載し、いざ出陣とばかりにおもむろに地図を開く。そこでボクはまたも重大なミスを犯したことに気づかされた。地図はフランス全土地図だった。日本地図を見ても成田空港から東京都内に入る為のルートなんてわからない。同じくフランス全土のロードマップを目を皿にして、穴があくほど眺めてみても、このシャルル・ド・ゴール空港からパリ市内に入るルートなど見つかろう筈はなかった。

 ボクの完璧さなんて所詮この程度なのだ。

 仕方なく空港の周りをグルーと一周してみることにした。すると、なんてことはない。ちゃんと標識が出ているではないか。「Paris」と。それに見たところ、一番たくさんの車達がそっちへ流れていく。間違いない。この道でパリにいける。

 当たり前だが、フランスは右側通行である。頭ではわかっていても、体が理解するのには時間がかかりそうなものだが、普段から右、左の概念が頭にも体にも染み付いていないボクにはさほどの違和感はなかった。しかし、右折がすっとできる時に、あっ、確かに何か違うなと感じる。まぁ、でもその程度だった。

 車の流れに沿って走る。さすがはヨーロッパ、車の巡航速度が日本とはまるで違う。皆、高速道路をビュンビュン飛ばすかのように速い。時折車から「頑張れよ!」とばかりにクラクションが贈られる。これまたさすがは自転車の国だなぁと感心することしきり。

 それなりに足はよく回り、調子よく走っていると、後方からパトカーらしき音。ヨーロッパでは追突事故は日常茶飯事と聞く。早速お目にかかれるのかしらと思っていると、そのトラックパトカーは走っているボクのすぐ前に停車した。「なんや、こいつは!」と思いつつ、避けて通り越そうとするとお巡りさんらしきオジさんが降りてきて、大きな声でボクに怒鳴りつけてきた。「何だ?」。よくわからない。ここはフランス。お巡りさんだって勿論フランス語なのだ。しかし、なんだかわからないが、やけに怒っているらしい。それくらいのことは見当がついた。

 仕方なくボクは自転車を降り、お巡りさんに言った、「Je suis Japonais」(俺は日本人や)と。これくらいしか言えないのだから仕方ない。お巡りさんは「Japonais?」(日本人か?)と返してきたので、「Oui,Japonais」(その通りや)と答えた。まとも(?)に話し合えたのもここまで。そこから先は皆目わからない。言葉の通じないもの同士、いつまでもわけのわからない問答を続けてみても仕方がないので、ボクは話をさえぎるようにして「Paris!」(パリに行きたいねん!)と一言叫んでみた。するとお巡りさんは「Paris?」(パリに行きたいんか?)と返してきたので、「Oui,Paris」(そうや、パリに行きたいんや)と答えた。

 お巡りさんは会話を諦め、自転車をトラックの荷台に積むようにとゼスチャーで指示した。ボクは素直に指示に従った。そうするよりほかになかったのだ。その場の状況から言って、逆らうよりもそのほうが賢い選択であるとも思えた。そしてボクはトラックパトカーの助手席へ、少々ビビって強張った体を収めた。お巡りさんは車に乗り込むとすぐに無線機に向かってしゃべり始めた。何を言っているのか相変わらずさっぱりであったが、時折入る「ジャポネ」という単語にボクのことを話しているのが伺えた。

 お巡りさんがひとしきりしゃべり終わると、ボクを載せたトラックパトカーはどこかに向かって走り出した。

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