仏蘭西紀行

5 異邦人の不安

 まずはフランスの道に慣れることから始めなけれならない。普段から右、左の概念があまりないとはいえ、やはり右側通行と左側通行の違いは何となく違和感がある。それから道路標識だ。走っていてなによりも頼りになる情報源はこいつである。しかし、それとて国によって結構違うものだ。それらを考え併せて、今日はまず、ゆっくりと走り、道に馴れることに全力を注ぐことにした。とりあえず、今日の目的地はベルサイユ。ほんの20〜30kmだ。

 しかし、この20〜30kmにかなりの苦労を強いられた。まず雰囲気をつかもうにも、何をどうつかめばいいのかわからない。自分がどこを走っているのかもわからない。もっともこの時ぼくはまだ仏全土地図しかもっていなかったのだから仕方がない。N.10(国道10号線)を走っている筈なのだが、なかなかそれを確認することが出来ない。キンチョーのせいか泣きそうにまでなってくる。そうなると悪いことばかり考えてしまう。いつもなら全く気にもしていない。テントを張る場所が見つからなかったらどうしようか等々。あれこれ考えているうちにどんどん落ち込んでいまう。そしてある程度落ち込むと、まあどうにかなるかと開き直る。そうするしかないのだ。

 夕方5時過ぎ、ベルサイユ宮殿の前に着く。なんてこった。いつもなら1時間ちょっとの距離に4時間近くもかかってしまった。やれやれ。

 さて、問題はテントの設営場所だ。あまり人目につかず、かといって全く人気のないところも怖い。第一、ここフランスでは、その辺に勝手にテントを張ることが許されるのだろうか?わからないことをいくら考えても仕方がない。お咎めを受けたらそれはその時。あたりをぐるぐると探し回り、やっと見つけたのはかなり小さな公園だった。公園と言うより、むしろちょっとした休憩所だ。ここしかない。仕方なくテントを張り、晩飯とする。

 ストーブ(コンロ)はマルチフューエルのピークワン。ガスカートリッジにしろ、ガソリンにしろ飛行機には持ち込めないので現地調達だ。こんな時赤ガス(いわゆる車用のガソリン)でも使用できるストーブはありがたい。本当は白ガス(車用のガソリンよりもっと純度の高いもの)が欲しかったのだが、フランス語で何と言っていいかわからず、スタンドのお兄さんに理解してもらえなかったので仕方なく赤ガスで我慢する。フランスではガススタンドはセルフサービスだった。自分で給油機を使ってガソリンを入れ、レジに行って会計となる。ガスを手に入れるためガススタンドを見つけたボクは、まず、どうやってやるのか当分近くで皆を観察しなければならなかった。これから先も何かにつけそうすることが多かった。何せ国が違えば習慣やその他全く違うのだから。

 晩飯を無事終えたら、小便がしたくなった。ここに着くまでは公衆トイレが有ったが、ここにはない。仕方なくそのあたりで立ちションとなるが、これとて容易なことではない。もしかしたら、見つかると重大な罪になるのかもしれず、キョロキョロしながら用を足す。公衆トイレはほとんど有料で、電話ボックスよりひとまわり大きいのが、でん!と建っている。パリ市内で1〜2F(フラン。当時で1Fは約20円)。コインを入れると自動ドアがスライドして開き、中に入って自分で閉じる。中では音楽が流れていて、用を足したら自分でドアを開けて出る。後は勝手に閉じて、勝手に水が流れるのだ。しかし、小便をするのに40円はちょっと高い。駅のトイレなどはちゃんと管理人がいて、小便と大便とでは値段も違う。

 この夜、ボクは夜中に何度も目を覚ました。少々風が強く、風の音、葉ずれの音でさえ目が覚めるのだ、このボクが。そして朝方からはご丁寧に大雨まで降ってきてくれた。全くなんてこった。




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