仏蘭西紀行

14 コトの顛末

 さて、ここでボクは何をなすべきなのだろう。何をどうすべきなのか。或いは、ど う何をすべきなのか。ボクはまだ起きたばかりで、顔も洗っていないし、歯も磨いていない。勿論そんなことはどっちだって良いことはわかっていたのだけれど、そのあたりのことから順番に考えなくてはならないほどに、ボクの思考は混乱していたのだ。それは、良く晴れた午後の動物園に一匹の動物もいなかったときのように。

 とりあえず飯だ。まず腹を満たさないことには何もできない。ジャージの上下にビーチサンダル、背中にはデイバッグとシュラフとマット、たすきに掛けたフロントバッグ。それが今のボクの全所持品だった。そんな出で立ちでとりあえずパン屋を探した。

 どうにか腹を満たし、ある程度まともな思考が出来るようになってから、ボクの今置かれている状況を考えた。まず、自転車が無くなった。盗まれたのだ。或いは撤去されたのかも知れない。そして、それとともに、自転車につけていたサイドバッグ(勿論その中に詰め込んでいたパンツや、Tシャツ、クッカー、ピーク1までも)、その上に置いておいたコンバースのキャンバス地のスニーカー(これはとてもお気に入りだったのだ)、さらにサドルの下につけていた、オーストリッチに特注して作ってもらった輪行袋にいたるまで、綺麗さっぱりその場から消滅してしまったのだ。

 ボクはこれらのことに関する苦情を、或いは報告を、一体何処にすればいいのだろう。どこだ?日本にいたらまず警察だ。そうだ、ここは大きな駅だ。きっと近くに警察があるはずだ。まずそこに行くべきだ。果たして、警察はすぐに見つかった。そして受付の女性にボクは話し掛けた。「Excuse me, but my bike was stolen.」彼女は目を点のようにしてこちらを見た。「My bike was stolen.」と繰り返したが、どうやらボクの(不確かな)英語が通じていないらしい。なんてこった。うろたえていると、受付の向かいの長椅子に座っていた学生風の女性が「French only.」とおしえてくれた。何故、警察で、英語が、通じない、のだ?やれやれ。(今になって考えてみると、警察だから通じなかったとも思える)街中では通じていたというのに。ボクは先ほどの学生風の女性に「仏語はダメなんだ」と肩をすくめて見せた。すると彼女が受付の女性に何やら話してくれたようで、受付の彼女はボクをある部屋に案内してくれた。そこはどうやら盗難係のようだった。

 そこには男性の警察官(だと思う、状況から考えて)が椅子に座っていた。ボクは口での会話を初めから諦め、「六カ国語会話集」を差し出して、自転車を盗まれた旨を伝えた。彼は「フム」と言ったきり黙っている。ボクが次の言葉を指すのを待っているらしかったので、「探してくれ」と言う意味の箇所を指した。すると彼はおもむろに立ち上がり、壁に貼ってある地図をバンバン叩きながら、何やら怒っているようだったが、コトバが全くわからない。ボクが勝手に解釈したところによると、「おまえなぁ、マルセイユちゅうてもこんなに広いんやぞ。いちいちおまえのチャリンコだけ探してられるかっちゅうねん!ボケ!」とまぁ、大阪弁にすると大体こんなところだと思う。

 そういわれるとボクはどうしようも無くなり、トボトボと(本当はこの警察官の横柄な態度に腹を立ててドタバタと)その部屋を後にした。なんてこったい。

 次にボクは日本の両親にその事を伝える為に、フランスに来て初めて日本に電話をした。きっと、アホだバカだとケチョンパに言われるのだろうなと思いながらダイヤルをした。がしかし、電話口に出てくれた父は意に反して「盗まれたもんはしゃーない。悔しいやろうけど、まだ時間があるんやったら、(旅を)続けたらええがな」と励ましてくれた。

 電話を切ってベンチに腰掛けて、フゥ〜。溜息ひとつ。悔しさがこみ上げてきた。じわじわと。いろんなところに一緒に出かけた相棒だった。それこそ苦楽を共にした自転車だった。悔しくて、悔しくて、涙が溢れてきた。ボトボトと地面に落ちた。大粒の雨のようだ。地面に落ちたそんな涙を見ると、更に悔しさは増した。


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