仏蘭西紀行

15 旅の終わりと始まり

 どれだけの時間が経過したのだろうか。ベンチに腰掛けてから。30分?1時間? いや、本当は2−3分だったのかも知れない。憧れの地、フランスにやってきて自転 車を盗まれたという事実。なんて事は無い。何処にだってそんな輩はいるのだ。たと えそれがフランスでもだ。そんなことを考えながらボォーっとしていた。時間はボク の周りをスルスルとすり抜け、ボクの意識はワンテンポ遅れて時間を追いかけてい た。そして追いついた。

 とりあえず、街をさまよい歩いてみた。かなり歩いたような気はするが、見知らぬ 土地ではきっと大した距離は歩いていない。途中、スーパーによってバケットを2本 買った。5F。フランスのスーパーは(ボクが入った限りで言うと)何処も店内でパ ンを焼いている。あるスーパーでは残り少なくなっているバケットを買おうとしたら 「もうすぐ新しいのが焼き上がるから待ってな」と親切に言われたことだってある。 それと、レジの女性は基本的に椅子に座っている。日本では勿論立っている。立って いる方が、座っているよりは少しはてきぱき動けるのかも知れないけれど、それだけ の違いだけで、あとは立っていたって座っていたって効率的には大して変わらないん じゃないだろうか。だったら何も立っている必要なんてないし、座っている方が疲れ ずに済むのでは無いだろうか。それに、車椅子の人でも働くことが出来る。そう考え ると、レジスター係が座って出来るってのは良いことだと思えた。日本では未だに 立っている。

 ゆっくりと昼食をとる気にもなれず、そのバケットを囓りながらさらに彷徨ってみ た。しかし、あたりまえの事だけど、それくらいのことで自転車は見つからなかっ た。仕方がない、諦めるとしよう。せめて部品取りされて惨めな姿にだけはならぬよ うに祈って。

 ボクは再び警察署を訪ね、苦労して(本当に苦労してやっと)盗難証明書を発行し てもらった。これがなければ保険がおりない。ボクにしては良く機転がきいた。これ でもう何もやることは無くなった。ボクに残されたものは、少しの荷物と時間だけ。 本当はこれからニースに抜け、少し北上してスイスに入り、そしてドイツはデュッセ ルドルフに住む叔父のところまで走るはずだったボクのツーリングは、かなり強引な 形で幕を下ろさざるを得なかった。走り出して約1500km。予定の半分。とりあ えずのつもりで目指した海が終着点になってしまった。世の中って案外こんなモンか も知れない。

 9月15日木曜日。ボクの自転車での旅は終わった。でも、ボクにはまだ時間が あった。だから今度は自分の足で旅の続きを始めることにした。まずはデュッセルド ルフの叔父を訪ねる為にドイツに向けて。

 さて、とだ。デュッセルドルフってのはドイツの何処にあるのだ?例によって何の下調べもしていない。ガイドブック「地球の歩き方」ヨーロッパ編を開いてみる。フムフム、ここか。わりと上(北)の方だな。もう少し下を見ると真ん中あたりに、ああ、ここがフランクフルトか。更に下の方に行くと、おお、ここがポルシェのシュツッツガルトかぁ。と大体の場所を理解した。

 これから旅を続けるのにビーチサンダルっのも何だかなぁと思い、マルセイユ駅の 近くにあった靴屋に入る。フランス人は日本人と同じであまり大きくはないので、ボ クの28cm強の足が収まる靴はやはり簡単には見つからなかった。しかし、1足1 00F(約2000円)のワゴンセールの底の方にあった、あった。アディダスの ローカットのバスケットシューズ。早速そのバッシュに履き替え、駅に戻り、今度は 時刻表を探した。JRで言うところの「みどりの窓口」のようなところがあり、そこ へ行けば様々な路線の時刻表が手に入った。

 手には入ったが、はっきり言ってほとんど解らない。どうやってこの時刻表を読め ばいいのか、それが解らない。でも、解らないでは済まないので、ほんの少しだけ理 解している単語と、それらしいマーク(アイコン)等のかなり少ない情報だけで判断 しなければならなかった。成せばなる。どうにか解読できた。

 とりあえず、パリまで戻らなければならない(多分)。ならば、せっかくだから 「TGV」(フランスの新幹線)に乗ろう。さて、TGV、TGV……と。フムフ ム。こいつでパリのリヨン駅(パリのリヨンへ向かう駅と言うことらしい)に到着す る訳か。で、ドイツへは?なるほど、東駅から出てフランクフルトに到着するのか。 ちょっと前の東京駅と上野駅みたいなものだな。よし、ドイツへは夜行でゆっくり寝 ていこう。ドイツ国内の列車については、フランクフルトに着いてから考えればい い。と言う具合に計画は練り上がった。どうにかなるモンだ。

 しかし、これだけの事を時刻表を解読しながら考えるのに、ボクはほぼ一日を費や してしまった。


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